映画『セブン』が大名作である理由

キリスト教の「七つの大罪」をモチーフにした連続殺人事件と、その事件を追う刑事たちの姿を描いたサイコ・サスペンス映画『セブン』
サスペンス映画の最高峰と言われる本作の魅力は一体何なのか。

あらすじ

退職を間近に控えたベテラン刑事サマセットと若手刑事ミルズは猟奇連続殺人事件の捜査にあたる。犯人はキリスト教における七つの大罪に基づいて殺人を繰り返していることが明らかに。そしてさらなる殺人事件が続いた後、最悪の事態へと動いていく。

圧倒的「不気味さ」


本作は全編通して、とにかく不気味です。得体のしれない何かがこっちを見ているような薄気味悪さが画面全体を覆っています。
サイコサスペンスものということで映画全体の雰囲気作りは大切。しかし、ここまで徹底した不気味さを演出している映画は多くありません。

映画『セブン』では、ずーっと雨が降っています。最初の事件からずっとです。そして、その雨が映画全体に最高の演出をしてくれています。
退廃的な街、生々しい人間の姿…。そういったリアルさを強調する効果をもたらしてくれる雨が降り続けているんです。
てっきり意図的に雨の演出を図ったのかと思いきや、全く違うようでした。
本作の監督であるデヴィット・フィンチャーは「当初は全篇を雨にする予定はなかった。たまたま中盤の「怠惰」の罪が暴かれるシーンの撮影がどしゃぶりの雨中で行われたので、それに合わせ、全篇を雨のシーンで統一したんだ。」と語っています。
結果として「恵みの雨」になってしまう辺り、巨匠と呼ばれる所以かもしれませんね。

ジョン・ドゥという悪魔

連続殺人鬼として逮捕される「ジョン・ドゥ」
普通の刑事ドラマであれば、逮捕するまでの過程を丁寧に描き、やっとのことで捕まえたという演出にするのがほとんど。
でもジョン・ドゥは違う。こいつは自首してきやがったんです。ある日突然、我々の前のに明確な悪として現れたのです。

ひたすらに怖い。なぜなら「殺人を犯す理由」が全く理解できないから。
我々の理解の範疇を超えた存在として、異径の人間としてジョンは登場してきます。
劇中でサマセットが言うセリフ

もし奴が本物の悪魔なら納得するだろう

なるほどと思うワケですよ。完全に純粋な悪として描かれたジョン・ドゥ
本能が自然と理解してしまうんです。「こいつには近づかない方が良い」と。

計算しつくされた殺人


『セブン』における七つの殺人を時系列ごとに振り返ってみます。
◎第一の殺人(暴食)
被害者:肥満の男 死因:窒息、内臓破裂
◎第二の殺人(強欲)
被害者:弁護士 死因:腹部への殺傷
◎第三の殺人(怠惰)
被害者:廃人? 死因:一年以上ベッドに縛り付けられているが死には至らず
◎第四の殺人(肉欲)
被害者:娼婦 死因:陰部への殺傷
◎第五の殺人(高慢)
被害者:モデル 死因:顔を切り裂いたうえで睡眠薬で自殺を選ばさせる
◎第六の殺人(嫉妬)
被害者:トレーシー 死因:頭部切断
◎第七の殺人(憤怒)
被害者:ジョン・ドウ 死因:射殺

第三の殺人では殺し損ねているジョン・ドゥ。つまり実質的に殺害されたのは6人…。
と思いきや、考えてみるとジョン・ドゥは7人殺しているんです。
そう、ミルズの妻トレーシーは子どもを身籠っていた。
この完全な悪による策略に気付いたとき、震えが止まりませんでした。

余りにも見事なラスト

衝撃と救いようのなさが入り混じるラストシーン。
ジョン・ドゥはミルズに「嫉妬」していた。だからミルズの妻トレーシーを殺害
その生首をミルズに見せることで「憤怒」の感情を抱かせ、自分を殺すよう誘導する。
ジョンは自分自身を含めた七つの大罪の贖罪を完成させてしまった…

完全なるバッドエンドです。結局のところ誰も救われないどころか、ジョン・ドゥの動機も全く謎のまま本作は終わります。
しかし、この後味の悪さこそが本作の魅力であり、我々の心を掴んで離さない理由の一つなのです。

惨殺するシーンなんて一つもないのに、我々に衝撃とトラウマと中毒性を与えてくれる映画『セブン』
メッセージ性なんてこの映画にはありません。深読みする必要なんてないと私は思っています。
単純に映画としての完成度が高く、センスと恐怖を一緒に感じられるサイコ・エンターテインメントの傑作が『セブン』なのです。

カイル・クーパーが担当したOPがセンス良すぎて…。これまた飽きないですよね

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