『メアリーの総て』レビュー 悲壮が生み出した怪物の正体とは?

1818年、世界に一つの傑作SF小説が生まれた。その名は『フランケンシュタイン』
映画『メアリーの総て』はフランケンシュタインの作者であるメアリー・シェリーの半生に焦点を当てた一作だ。
メアリーがフランケンシュタインという怪物を生み出したのは若干18歳の頃
果たして彼女の身に何があったのか。軽々しく悲劇と言うことすらできない物語が、今紡がれていく

あらすじ

19世紀のイギリス。小説家になりたいメアリー(エル・ファニング)は、異端の天才と称される詩人のパーシー・シェリーと出会う。彼らは互いの才能に惹(ひ)かれ駆け落ちするが、メアリーに数々の悲劇が訪れる。ある日彼女は、滞在していた詩人バイロン卿の別荘で、怪奇談を披露し合おうと持ち掛けられる。

悲しみと“死”の気配で溢れたメアリーの日々

映画の内容について触れる前に『フランケンシュタイン』という作品の偉大さついて少し語りたい。
SF界隈では、自らが思考する人工物への恐れのことを「フランケンシュタイン・コンプレックス」と呼ぶ。また、小説本編からはフェミニズムの匂いも感じ取ることが出来る。
つまり『フランケンシュタイン』という作品は。単にSFという枠に収まらず、後世の創作物に多大なる影響を与えた歴史的一冊ということだ。

そして、この映画『メアリーの総て』だが男女問わず共感を得やすい作りになっている。
どこにでもありそうだけど目を背けてしまいがちな「愛の悲劇」を上手くオブラートに包んで表現することで、観客は自然と主人公メアリーに同情してしまう。

登場シーンは至って少女漫画チックだ。綺麗な衣装に身を纏い、ひたすら未来だけを見つめる少女の姿は誰の瞳にでも輝いて綺麗に映るだろう。
理解してくれる素敵な詩人、詩人たちが議論を戦わせる情熱的な集い、法や慣習に縛られない自由な恋愛…
そう、彼女が進む道は誰が見ても明るくて“正解”だったはず。それなのに、メアリーの日々は酷く哀しみが満ち溢れていて、死んでいる。

メアリーという強く美しい女性

本作では、メアリーの作家性にほぼ触れない。あくまでも“一人の少女の半生を描く”という点にこだわりを持っている。
成功と挫折。理想と現実の狭間でもがくメアリーの姿は大げさなほど痛々しい。
時に心情を説明するためのセリフ回しがくどくてしつこいと感じるシーンもあったが、少女が怯えていた“見えない存在”の怖さを必死で我々に教えようとしてくれていたのかもしれないと感じる。

メアリーの人生は最後まで波乱万丈だ。不倫という道徳的に許されないこともした。
しかし、それでも真っすぐに自分の人生と見つめ合い、立ち向かったメアリーの姿は美しくて勇ましいのである。

「フランケンシュタイン」はただの怪物ではない。若き少女が生み出した世界へのメッセージなのだ。
自分の人生の責任は自分しか負えない。スクリーン越しの気高き少女は私にそう言いかけているように見えた。

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