芸能人が洋画の吹き替えをする危険性

話題の洋画が上映するたびに起きる問題
それは「声優ではない人が吹き替えを担当する」ということだ。当然ながらプロの声優と比較すればクオリティーは下がるし、批判の声も多い。
それなのに何故、日本の映画業界は吹き替えにタレントを起用するのか。

主要キャストに芸能人

まずはこれを見ていただきたい

このように主要キャストに芸能人の吹き替えを起用するパターンが尽きない。

いくら脇役をプロの声優で固めたとしても、映画で一番目立つのは主役。
言い方は悪いが、悪目立ちして仕方ない。

『シャザム!』の場合だと主人公を菅田将暉が吹替している。菅田将暉自体は好きだとしても、どうしたって“酷い”と感じてしまう人の方が多いだろう。

声優と比較してタレント・俳優の吹き替えが下手だと感じるのは仕方ない。“その道のプロ”と“素人”を比較するようなものだ。
逆に比較するのが可哀想になる。(では最初から声優を使えばいいのにという話だが)

なぜ芸能人を起用するのか

そもそも洋画の吹き替えに芸能人が起用される理由は至ってシンプル。
“話題になるから”である。
「俳優の○○が吹き替えを担当!」と宣伝すれば、それだけで映画のセールスポイントが一つ増えるのだ。

予告編の公開と同時に「下手くそすぎる!」と叩かれたっていい。叩かれたというだけで話題になっているのだから。

当たり前の話だが、映画は興行成績がナンボの世界だ。少しでも観客を呼び込むために試行錯誤しなければならないし、その手段として芸能人を吹き替えに起用するのは間違いじゃない。

俳優が吹き替えをすれば、ワイドショーのエンタメコーナーでも取り上げられるし、SNSでも話題になる。

極論だが「この俳優が吹き替えするなら行ってみようかな!」と思える人が1人でもいればマーケティングは成功したと言えるだろう。

知名度において「芸能人>声優」という図式は揺るがないのだ。(失礼で申し訳ない)

SNSや掲示板を見ると「声優を使え!」の声が圧倒的に多いように見える。がしかし、現実は違う。

芸能人の吹き替えが全員酷いわけじゃない

勘違いしてはいけないのが、芸能人の吹き替えでも、本職と変わりないクオリティーを見せてくれる人も多くいるということだ。

・宮迫博之(代表作:アベンジャーズシリーズ‐クリント・バートン / ホークアイ役)

・坂上忍(代表作:アングリーバード(2016年) – レッド役)

・中村獅童(代表作:アメイジング・スパイダーマン2(2014年) – マックス・ディロン役)

上記の人以外にも「声優顔負け!」と評判の吹き替えをしたタレントはいる。
この時は炎上なんて全くしなかったし、皆当たり前に起用を受け入れていた。

そう、何かしら酷いから文句が出るのである。
作品内に溶け込んでいれば批判なんて起きるはずもない。

何より悲しいのが、映画自体ではなく吹き替えに注目がいってしまうこと。これだと正当な評価をされたと言えないままだ。

字幕で見ればいいじゃん

「吹き替えが嫌なら字幕で見ればいいだけの話」という声も多い。
字幕の方が役者の演技・映画の雰囲気を感じやすいため、作品に集中できる人も多いだろう。

しかし、逆に“吹き替えの方がいい”という人だって多くいるのだ。
そのような人にとって「上手いとは言えない吹き替え」は余りに辛すぎる。

2000円近く払って、最高の音響とスクリーンで観賞できる権利を買ったのに、その結果が吹き替えが酷くて映画に集中できない。なんてオチは最悪だ。

何度も言うが、ハマり役なら批判は出ない。
例え棒読みでも「味があっていいよね」と言われるし「逆に声優を使うと浮いちゃう」なんて意見も上がる。

なぜ批判されているのか

映画配給会社、広告代理店には強く考えて欲しいところだ。

いくらマーケティングのためとは言っても、聞くに堪えない吹き替えのせいで作品が貶されるのは観たくない。

まとめ

洋画の話題作が日本に上陸するたびにおきる「声優問題」
おそらくこれは永遠に続くだろう。もう10年以上同じことをずっと議論している。

ただ単に話題性だけでキャストを決定してほしくない。
芸能人を起用するにしても「この人の声質ならこの役はハマる」という確信のもとにキャストを決めてほしいだけなのだ。

「売れるのが第一」

その前に作品の素晴らしさを崩さないキャスティングを考えるべきだと思う。