映画『人魚の眠る家』感想 その愛は狂気か正気か

人気作家・東野圭吾さん原作、さらに日本を代表する豪華キャストが集結したことでも話題の『人魚の眠る家』
ただの“泣ける映画”だと思うなかれ。倫理観のタブーに切り込んだ作品です。

解説

数々の著書が映像化されてきた作家・東野圭吾の小説を原作にしたミステリー。事故で重体に陥った少女の両親が過酷な選択を強いられる。
メガホンを取るのは『トリック』シリーズなどの堤幸彦。
篠原涼子が主演を務め、西島秀俊らが共演する。
脚本を、NHKの連続テレビ小説「まれ」やドラマシリーズ「犯罪症候群」などの篠崎絵里子が担当する。

あらすじ

会社経営者の播磨和昌(西島秀俊)と妻の薫子(篠原涼子)は2人の子供を授かるが、現在は別居している。
ある日、娘の瑞穂がプールで溺れて意識不明になり、医師に脳死と診断される。臓器提供を希望するか、このまま死を待つかの選択を迫られる夫婦は、悩んだ末に臓器提供を決意するが、薫子が一瞬だけ瑞穂の手が動いたのを見てそれを撤回する。
和昌の会社が開発した最先端技術を駆使した延命治療が始まり、彼女は眠ったまま成長していくが……。

※多少ネタバレありです

ホラー感

物語の始まりは小学生の下校から始まります。
何とも言えない不気味な空気が立ち込める中、人魚を模した玄関の豪邸に入ると、その中には車椅子で眠る少女の姿…。

ホラー感あります。あらすじを調べずに観賞したら確実にホラー系の映画だと感じるはず。
『ケイゾク』や『SPEC』を手掛けた堤幸彦さんが監督ということで、その特徴が存分に出たオープニングでした。

少女を映した後、物語は回想する形で進行していきます。不気味で近寄りがたい雰囲気のままです。これには驚きました。
「泣ける感動作って聞いてたのに!こんな感じ!?」という驚きが強かったですね。でも観客をゾクゾクさせて引き込ませるという意味ではナイスなオープニングだと思います。

幸せは長くない


回想してから雰囲気は一変して優しく温かいオーラに。
薫子と和昌の間には2人の子どもがおり、長女の瑞穂、弟の生人と幸せに暮らしていました。
しかし、幸せな日々も束の間…。プールで事故にあった瑞穂は意識不明の重体に…。
救命措置がなされたにも関わらず、意識を戻さず、医者からは「脳死状態にある。臓器移植の医師はありますか?」と訊かれる始末。

当然、見ている側としては親である薫子と和昌に同情するのですが、まあ辛かった!
父親の和昌は、脳死状態の娘に横隔膜ペースメーカーを取り付けて自力呼吸させる。
母親の薫子は、娘が人工呼吸なしで呼吸しているのを見て喜ぶ。

果たして「生きている」と言えるのか。断言できない状態の子どもを見守り、信じる姿は心にくるものがありました。

倫理観を揺さぶる


物語は加速し、我々の倫理観に問いかけてくる内容となっていきます。
脳死状態の娘の脊髄に電気信号を送って、娘の手や足を動かせるようにしてしまうんです…。
娘がぬいぐるみを受け取って抱きしめるように手を動かせたり、微笑ませたりするというギリギリアウトな匂いがプンプンする施し。
特にぬいぐるみを渡して「可愛いでしょう」と喜ぶ場面はただのホラーです。実質死んでいると言っても過言ではない人間を無理やり動かすことは許されるのか。いや、絶対に許されない。と綺麗ごとを並べればそうなります。
しかし、親の気持ちになったときに自分はこれを「おかしい」と思えるのか。実に難しく、確かな正解が見当たらない問題を突き付けてくるのですから参ったもんです。

母親の狂気・愛


この映画のテーマに「狂気」があります。
母親の薫子の行動はどんどんエスカレートし、脳死状態の娘を車椅子に乗せて外出をしだすのですが、当然近所の人や知人からは「おかしい」と思われ、完全に狂人扱い。
「あぁ、おかしくなっちゃったか…」と思う反面、薫子に同情したい気持ちも半分くらいあり、気持ちがグラグラ揺れました。

極めつけは娘に包丁を突き付けるシーン。
「この子を刺して心臓を止めたら、私が殺したことになるのか。法律に決めてもらう」
ハッとしましたし、ハラハラもしました。
本当に刺したらどうしようと本当に怖かったが故に、和昌が止めてくれて安心…。
父親も瑞穂のことを心から愛していたし、他の家族も瑞穂の脳死に関して“責任”を感じていたのです。
決して薫子だけが瑞穂を想っていたわけではなかった。当たり前のことかもしれませんが、この事実に安心し、また家族の愛情を感じて涙が止まりませんでした。

ただ単に「泣ける映画」ではない


「死の定義」とは何か。果たして「脳死=死」となるのか。
客観的に見た場合、脳死は死んでいるも同然だと感じてしまいます。しかし、もしも自分の家族が、子どもが脳死になったときに「この人は死んでる」と思えるのかどうかと問われれば、きっと答えはNOです。

確かに「泣ける映画!」という宣伝は間違ってないですが、本作のテーマはもっと深いところ、普段は絶対に向き合いたくない場所にあるものでしょう。
娘の死を受け止めるか否か。その答えをスクリーンで見た時、きっと全員の観桜が揺さぶられるはず。

気になった点

「いい映画」であることは間違いないのですが、少し気になる点があったのも事実。

淡々としている

まずは“オチが読める”という点。ミステリー的などんでん返しや二転三転する展開もありません。
エンターテイメント的な面白さは少ないです。が、映画の内容的にどんでん返しを繰り返されても違和感が残りそうですし、気になる人は少ないでしょう。

演出

「ここで感動してくれ!」「ここは泣く場面だよ!」と主張してくる音楽や演出が若干あざといかなと…。
もっと緊張感あふれる殺伐とした雰囲気とスピード感で描いても良かった気がします。重たくて考えさせられる題材だからこそ、終始ピンと張りつめた雰囲気が欲しかった。

社会派映画?エンタメ映画?

あらすじだけ見るとガッツリ社会派映画なのですが、中途半端に万人ウケ要素を取り入れたが故に中途半端な印象を持ってしまいました。
脚本からも「リアリティ」より「ドラマ感」が強く出ており、うす~くチープな雰囲気が漂っているのも否めない。

最後に

ただの感動作で終わって良い作品でないことは確実ですし、どんな人にも響く複雑で重いテーマを上手く昇華させています。
表層的な倫理観だけでなく、人が内包する「狂気」と「正気」の境界にも踏み込んだ一作。
ただ単純に「泣ける映画」として片付けておくには余りに勿体ない良作でした。