
映画『風が強く吹いている』が魅せる情熱と大切なもの
2009年に公開された駅伝映画『風が強く吹いている』
数あるスポーツ映画の中でも、指折りの出来栄えのはずだがイマイチ存在感が薄い。
本記事ではそんな本作の魅力を語っていきたいと思う。
作品概要
直木賞作家・三浦しをんの同名小説を映画化した青春ストーリー。
箱根駅伝出場を目指す大学陸上競技部員10人の奮闘を描く。
監督は、本作が監督デビューとなる大森寿美男。
致命的な故障からはい上がる元エリートランナーを小出恵介、孤高の天才走者を林遣都が演じる。
胸に迫る熱い青春模様と、箱根駅伝を忠実に再現したリアルなレースシーンが見どころ。
あらすじ
高校時代に天才ランナーと呼ばれながらも、事件を起こして陸上から遠ざかっていたカケル(林遣都)。
ひざの故障で陸上の道をあきらめた元エリートランナーにして、寛政大学陸上競技部のリーダーでもあるハイジ(小出恵介)は、そんなカケルを陸上競技部にスカウトし、ひそかに抱き続けていた箱根駅伝出場の夢を実現させようとする。
ベタなストーリー
10人の部員が箱根駅伝を目指す。
ここまで分かりやすいストーリーは中々ないだろう。と同時に「お涙頂戴の展開なんでしょ?」と疑ってしまう人も多い。
実際、本作の展開はベタだ。
経験が乏しい寄せ集め部員が箱根駅伝に出場するなんて現実的じゃない。そこまで簡単に心は突き動かされない。そう思っていた
見事にやられたのだ。
予想をしやすい展開なのに、なぜか涙が止まらない。スクリーン上で走り抜ける男たちの姿は、役者ではない。
完全にランナーとして目に映った。その姿はどんな人よりも美しく、熱い
ただ単に“熱い展開”、“感動的な場面”の繰り返しだと人間は逆に冷めてしまう。120分が150分に感じてしまうほどに
しかし本作は、適度に恋愛要素・コミカルな場面をテンポよく挟んでくるので観賞中に飽きがこないのだ。
緩急のつけ方が非常に素晴らしく、盛り上がる場面と緩い場面がハッキリしているのも本作が高評価を受けているポイントの一つだろう。
主役2人の好演
本作の主人公は2人いる
◎陸上部のリーダーであり、求心力の塊であるハイジ
◎孤高の天才ランナー・カケル
彼らの存在感が映画の魅力を一回りも二回りも大きくしているのだ。
ハイジ
ハイジは魅力的すぎる。いつでも確固たる信念を持ち、周りを引っ張る
まさにキャプテンという性格だ。
彼が自信満々に「箱根駅伝を目指す」と言えば、本当に行ける気がしてくるし、夢を追うことは恥ずかしくないと教えてくれる気までした。
常に理知的でありながら、時折見せる人間臭さも最高だ。
仲間を馬鹿にされたから怒る。当然のことに思えるが同じように振舞える人間は意外と少ない。
ハイジを演じたのは小出恵介
スキャンダルが原因で芸能活動を休止してしまったのが非常に悔やまれる。
この男は間違いなく、邦画界を支える力があったはずなのに…。
話が逸れてしまった
ハイジが醸し出すリーダーシップと人望の熱さ
そして何より“駅伝にかける思い”が本作の中心にあると言っても過言ではない。
「他人と夢を共有する」
これがこんなにも美しく、熱いモノだったなんて…。
自身が若い時には気付けなかった感情、いや当たり前だと思っていた大切なモノをハイジは視聴者に教えてくれる。
カケル
やはり林遣都はすごい。若くしてここまで役に憑依しているのだから、昨今の活躍も納得だ。
何度見ても、どんな角度からでも彼は“本物のランナー”にしか見えない。
筋肉の付き方、フォーム…
全てに天才ランナーと呼ばれる説得力がある。
スポーツを題材にした作品でよくあるのが「やらされてる感が強い」という現象だ。
例えば野球映画だと素人丸出しのフォームになってしまうし、サッカー映画だとドリブルが下手だったりする。
これは仕方のないことで、視聴者側も不自然と思いながら受け入れているのが普通だ。
しかし、本作の林遣都、いやカケルに対して不自然さを感じる場面は一つたりともない。
カケルが過去に負った傷から立ち直り進化していくプロットも見事
役者・林遣都としてではなく、闇を背負った少年・カケルとして見ているからこそ、ここまで感情移入が出来たのだろう。
関連記事
丁寧に作りこまれた駅伝
駅伝の雰囲気を作り上げるのは難しい。
現場で巻き起こるドラマまで再現しなくてはならないからだ。
『風が強く吹いている』は、そのハードルまで超えてしまう。
高地合宿、立川での予選会、関東インカレ、大ブレーキ、タスキ、繰上げスタート、ゴボウ抜き、区間賞、シード争い、山登り、山下り、エース区間、外国人ランナー…
「駅伝を盛り上げる要素」をこれでもかというほどに詰め込み、自然に映画内へと溶け込ませている。
駅伝のことをよく知らない人でも、確実に熱量は感じるはずだろう。
圧巻なのは箱根駅伝の本番シーン
正月にテレビで見ているアレなのだ。
本当にびっくりする。映画を観ている感覚が段々と0になってく
ランナーが苦しそうな顔をしたら見てるこっちまで苦しくなって応援しているし、笑顔を見せたらホッとする。
箱根駅伝特有の緊張感と熱さをスクリーン上で表現したのは本作くらいではないだろうか。
「本物顔負け」ではない。むしろ本物だ
夢とは
人は歳を取るたびに“結果”だけを求めてしまう。
それが決して間違いだとは思わない。むしろ正しい生き方とも取れるだろう。
しかし、結果は過程があってこそだ
勝つことを夢見て負けることなんて人生の中で沢山ある。
しかし、ふと人生を振り返ったときに後悔してなければそれでいいのではないだろうか。
一番怖いのは“やり切っていないまま負けること”だ。
本作で最後にハイジが見せる笑顔。その笑顔に人生へのメッセージが凝縮されている。
10年後、20年後に後悔しないために。キツイと分かっていても一歩踏み出してみようじゃないか
そんな気にさせてくれる屈指の名作。
『風が強く吹いている』
そう、人生に吹く風は向かい風の時もあれば、追い風の時もある。
全てを受け入れた先に“強くなった自分”と出会えるのだろう。